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岐阜地方裁判所 平成5年(ワ)279号 判決

岐阜県安八郡輪之内町大藪一〇八八番地二

原告

服部茂

右訴訟代理人弁護士

横山文夫

東京都千代田区霞が関一丁目一番地

被告

右代表法務大臣

長尾立子

右指定代理人

泉良治

荒川登美雄

竹本秀明

井上博治

野村藤守

太田尚男

安部幾男

千田孝博

堀悟

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成五年五月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、名古屋国税局及び大垣税務署の職員らが、原告に対して反面調査を行った際に違法行為を行ったとして、国家賠償法一条に基づき慰謝料を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  原告は、服部建材の商号で土木工事業を営む者であり、自宅近くのプレハブの建物を事務所として使用していた。また、原告の家族は、平成四年一二月当時、妻光子(四三歳、以下「光子」という。)、長女利恵(二四歳、以下「利恵」という。)、長男浩二(二二歳)、二男勝雅(一五歳、以下「勝雅」という。)であった。

2  平成四年一二月当時、井上眞幸は名古屋国税局課税第二部資料調査第二課主査(以下「井上主査」という。)、川村俊明及び猿渡克哉は同課国税実査官(以下それぞれ「川村実査官」、「猿渡実査官」という。)、大矢康孝は大垣税務署法人税部門特別国税調査官(以下「大矢特官」という。)、則竹勉は同部門調査官(以下「則竹調査官」という。)であった。

3  名古屋国税局は、岐阜県養父郡養老町所在の株式会社大橋組(以下「大橋組」という。)に対する法人税の所得金額調査(以下「本件本調査」という。)をしており、右井上主査ら五名(以下「本件職員ら」という。)は、平成四年一二月一一日に、大橋組と取引のあった原告に対し、服部建材の事務所において反面調査(以下「本件反面調査」という。)を行った。

二  原告の主張

1  本件反面調査の経緯・状況

(一) 平成四年一二月一〇日午後五時ころ及び同日午後七時ころの二回にわたり、名古屋国税局の税務職員から原告方に電話があり、電話口に出た光子は、「明日朝ちょっとお伺いしたいことがあるから、お邪魔します。」との連絡を受けた。

(二) 同月一一日午前九時三〇分ころ、服部建材が伝票の整理や帳簿の作成を依頼していた篠田会計事務所(以下「篠田会計」という。)にいた名古屋国税局の税務職員から、原告の事務所に電話があり、光子に対し、「今篠田会計にいます。一〇分から一五分でそちらに行きます。」と伝えた。そして、川村実査官及び則竹調査官が、同日午前一〇時三〇分ころ、服部建材の事務所を訪れた。

(三) 原告は、工事現場に出ていたが、光子からポケットベルで呼び出されたため事務所に電話した。その電話口に出た川村実査官は、原告に対し大橋組との取引について税務調査をしていることを告げた上で、「大橋組からもらった金を(会社に)回しとれへんか(戻していないか)。」と尋ねた。原告が、「違います。そのようなことはありません。」と返答したところ、川村実査官が、「とにかく聞きたいことがあるので、事務所に戻ってください。」と言ったため、原告は、同日午後零時一五分ころに、事務所に戻った。

(四) 川村実査官と則竹調査官は、既に篠田会計から、原告が預けていた服部建材の平成三年度分までの帳簿、伝票類一切を、原告の承諾を得ずに勝手に持って来ており、さらに、事務所にある平成四年度分の服部建材の帳簿類を出すよう要求したので、原告は言われるままにこれを差し出した。川村実査官と則竹調査官は、これを見ながら原告に対し、「簿外経費や使途不明金が多すぎる。」、「その分は全部(大橋組に)回したんやろう。」と質問した。原告は、「自分は模範的な夫ではなく、いろんな所を飲み歩いたり、妻の前では言えない道楽もしてきた。」「それらの金はそういう遊興費に使いました。」とできるかぎり説明したが、川村実査官らは納得せず、「日報を出してくだい。」と要求した。しかし、服部建材には、原告や従業員の仕事の予定や段取り、毎日の仕事を記録した日報や業務日誌はなく、取引先から工事の依頼や連絡があったときにその都度記載しておいた昭和六二年分以降の大学ノートがあったので、原告はそのことを説明し、「それには他人に見られたくない仕事とは関係のないこともたくさん書いてあるので、何とか勘弁してください。」と頼んだ。しかし、それでも川村実査官らから提出するよう要求されたため、結局これを全部出せざるを得なかった。

(五) さらに原告が、金の使途に関連して、「私は女道楽で、そちらのほうに金を結構使っています。これは完全に相手の方が誤解されているのですが、現に不貞行為で慰謝料まで請求され、裁判まで起こされています。」と説明したところ、川村実査官らは、その裁判記録も見せるよう要求した。原告は、「そういう書類は全く個人的なことで、税務署の方とは関係がないはずです。」と抗議したが、川村実査官らは、「とにかく全部見せてもらわなければ、仕事にならん。」などと言ったため、結局それも見せなければならなかった。

(六) 川村実査官らは、それらの書類を調べながら、原告に対し、大橋組との関係を繰り返し質問した。原告は、このようなことにいつまでも付き合わされるのは、仕事にも差し支え迷惑だったが、早く川村実査官らに納得して帰ってもらうために、知っているかぎりのことをありのままに説明した。川村実査官らは、「(大橋組の奥さんが)全部白状した。」、「もうあんたとこだけや。」などと原告を追及したが、原告は何のことか分からず、川村実査官らの気に入るような返事もできずに、結局同日午後六時ころまでこのようなやりとりが続いた。

(七) 川村実査官らの調査は、同日午後六時三〇分ころに終わろうとしていたが、井上主査、猿渡実査官及び大矢特官が、突然原告の事務所を訪ねた。井上主査は、事務所に入るなり、原告に対し大声で、「どうせ大したタマやないのに、ようけゼニ使いやがって。」と威圧するように怒鳴りつけ、原告は、井上主査の暴力団のような言い方に萎縮してしまった。、また、大矢特官が、事務所の中に革靴のまま上がってきたので、原告は、「汚い事務所ですが、皆素足です。いくらなんでもやり過ぎやないですか。」と抗議した。

(八) 井上主査は、原告に対し、「こちらの調べでは、(大橋組に)回った金が一六〇〇万円ある。それを認めよ。」と何度も迫ったが、原告は心当たりがなかったので、「何を言っておられるのか分かりません。」、「何かの間違いではないですか」と返答した。しかし、井上主査らは、「そんなはずはない。」と納得せず、同様の質問を繰り返し、原告も、何とか分かってもらいたいという気持ちから、仕方なく何十回も同じ説明を繰り返した。

(九) 原告の家では、毎週火曜日と金曜日の午後八時から、近所の大学生に来てもらい、事務所の机で勝雅の勉強を見てもらっており、この日も午前八時前に、家庭教師と勝雅が事務所にやって来た。そこで、原告は井上主査らに対し右の事情を説明し、「こんな話は中学生の子供に聞かせたくないので、何とか今日は引き取ってもらえませんでしょうか。」と懇願した。井上主査らが、「どこか他に勉強する部屋はないのか。」と尋ねるので、光子は、「いつもここで勉強しています。」、「ここしかないのです」と説明し、「明日はテストですから、何とか今日は帰っていただけませんか。子供は中三で受験を控えています。」と重ねて懇願した。しかし、本件職員らは帰ろうとしなかったため、家庭教師と勝雅は、やむなく事務所の机を使用して勉強を始めた。本件職員らは、原告ら夫婦に対し、その隣の事務机で引き続き調査を続行した。

(一〇) その後も同じ話の繰り返しであったが、しばらくして突然井上主査が、川村実査官と則竹調査官に対し荒い大きな声で、「おい、お前ら、いつまでやっとるんや。」と叱りつけた。原告は、その言い方が暴力団員と同じなので非常に驚き、勉強している勝雅も、怯えて顔を引きつらせていた。勝雅は、この日のショックのために、志望する高校に入学することができなかった。

(一一) その後本件職員らは、事務所にトイレがあるにもかかわらず、交替で事務所の外に出て玄関先で立小便をした。そのため、原告は、不快な思いをさせられた。

(一二) 井上主査は、同日午後八時三〇分ころになって、「平成四年度分の領収証を見せてくれ。」と要求した。その書類は、事務所の奥のコンピューターやコピー機が置いてある部屋にあったので、光子が「すぐ持ってきます。」と言ってその部屋に入っていくと、猿渡実査官も、何も言わずに勝手に光子のすぐ後について一緒に入っていった。その部屋は電気がついておらず、事務所からの出入口から漏れてくる明かりで人の顔が判別できる程度の明るさであったが、光子がコンピューターの上においてある領収証の綴りを取ろうとした瞬間、猿渡実査官が、光子の左の胸と腕をつかんで押し退け、「奥さん、私がやるで。」と言って綴りを取り上げ、事務所に持っていって勝手に見ていた。光子は、薄暗い所でいきなり体に触れられショックを受け、声を出すこともできなかった。

(一三) その後井上主査が、原告の承諾を得ずに勝手にコンピューターの部屋に入り、何か目ぼしい書類はないかと捜し回り、さらにその奥の押入れや子供部屋にまで入り、引出しを開けたり布団をめくったりした。井上主査の後ろからついて行った光子が、「そこは子供の部屋ですから、何の関係もありません。やめてください。」と抗議しても、井上主査らは捜すのをやめようとしなかった。さらに井上主査は、流しの中までかき回し、茶碗一個を落として割ってしまった。

(一四) 井上主査らは、何も発見できずに事務室に戻ってきて、今度は勝手に事務室の机の引出しやカウンターの上の書類入れを片っ端から引出し、中にあった書類を全部放り出して、他の税務職員に見るように指示した。原告は、勝雅が勉強している所でこのような無茶な行為を続ける井上主査に対して強い怒りを覚えたが、井上主査があまりにも堂々とかつ当然のように右のような行為を続けたので、何も知らない原告は、税務署というのは勝手に人の家に入り込んで家捜ししたり、書類をひっかき回したりする権利があるのと、茫然とそれを見ていた。

井上主査が無茶苦茶に放り出した書類の中には、原告が取引先から交付された約束手形も入っており、後で整理したところ、不渡りになった額面一五〇万円の約束手形一通と手形用紙数枚が行方不明であった。

(一五) 本件職員らは、原告に対し、これらの書類を全部持って帰ると告げた。原告が、「手形の用紙まで持っていかれるのですか。何の関係があるのですか。」と尋ねても、本件職員らは、「関係があってもなくても、それも持っていく。」と返答して、ほとんどの書類を持ち帰った。しかし、原告が後で見ると、事務所のソファーの所に手形が一枚放り出されていた。原告は、本件職員らが書類を持っていくことを承諾したことも、また承諾を求められたこともない。原告は、本件職員らが当然のように「持っていく。」と言うので、法律上税務職員は何でも勝手に持っていけるのかと考えた。

(一六) 本件職員らは、同日午後九時三〇分ころになっても、原告に対し、「一六〇〇万円を認めよ。」と言い続けた。勝雅らは、明らかに怯え、苛立って勉強も身が入らない様子であり、原告自身も、九時間以上も調査を受け続け、精神的にもかなり参ってきていた。井上主査は、そのような状況下で書類を原告の前に差し出し、「これに署名してくれ。」と要求した。その書類の一番上は、服部建材が大橋組に一六〇〇万円の金を戻したことが書いてあり、それは事実に反することであったが、原告はあきらめの気持ちで言われるままに何枚かの書類に署名した。本件職員らは、原告が署名したこれらの書類に、原告の印鑑を勝手に押捺した。こうして本件職員らは、同日午後九時四〇分ころ帰った。

(一七) 原告は、本件反面調査における本件職員らの行為がどうしても納得できず、同月一四日に、大垣税務署を訪れ、質問と抗議を行った。原告に応対した大垣税務署副署長永治和昭は、「その場の判断で(税務職員が)いいと思ったら、何でもできる。」、「奥さんの体に触れられても、仕方のないことや。」などと、本件反面調査の際の行為を正当化する発言をした。

2  本件反面調査の違法性

本件反面調査は、本件職員らによる任意の税務調査としてなされたものであり、原告の住居等への立ち入り、各居室への入室、机の引出し等を開けるなどの行為については、それぞれ各別に原告の承諾を要する。また、原告が一旦承諾しても、途中でこれを拒否した場合には、直ちに調査を打ち切り、退去しなければならない。これは憲法三五条により明確に補償された国民の人権であり、税務職員が、他の国家公務員や一般国民とは違い、国民の平穏に居住する権利やプライバシー、財産権を侵害する特別の権限を有するかのような解釈は、憲法に違反するものであって、いかなる意味でもこれを容認することはできない。

本件反面調査は、全体として違法性があるが、特に以下の行為は、法律上の根拠に何ら基づかず、かつ、税務調査の限界を大幅に逸脱したものである。

(一) 本件反面調査は、午後零時一五分ころから午後九時四〇分ころまで約九時間二五分の長時間にわたって続けられ、午後八時ころからは高校受験を控えた勝雅が家庭教師を付けて勉強していたにもかかわらず、そのすぐ脇の机で本件反面調査が続けられていた。原告らが、翌日以降も継続して調査に応じるので、今日は調査を打ち切ってほしいと何度も頼んだにもかかわらず、本件職員らは、原告の困惑や疲労に付け込み、原告らの意思を無視して調査を続けた。

(二) 猿渡実査官及び大矢特官ととともに事務所を訪れた井上主査は、事務所に入るなり原告に対し大声で、「どうせ大したタマやないのに、ようけゼニ使いやがって。」と威圧するように怒鳴りつけ、原告を威嚇し侮辱した。また、大矢特官は、土足で事務所に上り込んだため、原告が抗議して、靴を脱いでもらった。さらに、本件職員らは、事務所にトイレがあることを知っていたにもかかわらず、交替で事務所の玄関先で立ち小便をした。これらは、原告の人格や人権を無視した行為である。

(三) 井上主査の求めに応じて、光子が明かりのついていない隣の部屋に平成四年度分の領収証を取りに行き、コンピューターの上にあった綴りを取ろうとしたところ、勝手に光子について行った猿渡実査官は、光子が書類を持ち上げようとした瞬間、光子からこれを取り上げようとして、光子の乳房等に触れた。そのため、光子は声も出せないほどショックを受けた。これは、原告の同意を得ずにコンピューター室に入り込んだ点、光子から強引に書類を奪おうとした点、いやしくも公務員が公務執行中であるならば、女性が近くにいる際に、その体に触れるなどしないよう万全の注意をすべきであるのに、書類を取り上げることに夢中になって、右の如き過失行為をした点で違法である。

(四) その後井上主査が、勝手にコンピューターのある部屋に入り、さらにはその奥の押入れや子供部屋にまで無断で立ち入り、引出しを開けたり、布団をめくったりした。その際光子が、「そこは子供の部屋ですから、何の関係もありません。やめてください。」と抗議しても、井上主査は意に介さず、右行為を続行した。

(五) さらに井上主査は、事務室内の引出しやカウンター内の書類を全部勝手に放り出して散乱させ、これを他の税務職員に見るように指示した。

(六) 本件職員らは、原告の承諾を得ずに、「書類全部を持って行く。」と言って、本件反面調査とは無関係の手形用紙まで持って行き、事務室のソファーに約束手形一枚を放り出したまま帰った。原告は、本件職員らがどんな書類を持って行ったのか分からない状態であった。本件職員らの帳簿書類等の扱いはあまりにも乱暴で杜撰であり、原告の承諾を得ずにその帳簿書類等を持ち出すことは違法である。

(七) 本件職員らは、午後九時三〇分ころまで、「一六〇〇万円(の裏金)を認めよ。」と原告を責め続け、事実に反するためそれを否定し続けた原告も、午後九時四〇分ころになって、遂に本件職員らの圧力、威嚇及び長時間の本件反面調査に屈して、それを認めざるを得なくなり、結果的にそれを認めた書類に署名を強要された。

3  被告の責任

原告の事務所を訪れた本件職員らは、いずれも国家賠償法一条の「国の公権力の行使に当る公務員」に該当し、本件反面調査はその職務として行われたものであるから、右違法行為は「その職務を行うにつき」なされたものである。したがって、被告には国家賠償法一条の損害賠償責任がある。

4  損害

本件反面調査における本件職員らの違法行為により、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、金三〇〇万円を下らない。

三  被告の主張

1  本件反面調査の経緯・状況

(一) 本件職員らは、大橋組の本件本調査を実施したところ、その過程において大橋組の原告に対する外注費の計上額について疑問点が生じたため、その確認・検証を目的として本件反面調査を行うことになった。

(二) 井上主査は、平成四年一二月一〇日、猿渡実査官に対し、大橋組に関して反面調査を実施する旨を原告に連絡するよう指示し、さらに川村実査官に対し、原告の申告状況及び概況等を把握するよう指示した。猿渡実査官は、同日午後六時三〇分ころから同日午後八時ころまで間に、計四回原告宅に電話をかけたところ、いずれも原告は不在であったため、電話に出た光子及び利恵に対し、「国税局資料調査課の猿渡」と身分を名乗り、「取引先のことで伺いたい。」と伝えた。

(三) 川村実査官は、同月一一日午前九時ころ、原告宅に電話をかけたが、原告は不在であったため、電話に出た光子に対し、「大橋組の件で反面調査にお伺いしたい。」と伝え、帳簿等の所在を尋ねたところ、光子は、帳簿等は関与税理士に預けていると返答した。そこで、川村実査官は、光子から関与税理士が篠田税理士であることを聞き、「それでは篠田会計事務所にお伺いして、帳面を見させていただきたい。」と要請し、光子から「どうぞ。」と許可を得た。

(四) 川村実査官及び則竹調査官は、同日午前九時三〇分ころ、篠田会計に赴き、所長の篠田勉に対して身分証明書及び質問検査章を提示し、「反面調査で服部建材の帳簿を確認したい。」と告げ、同人の了解を得た上で、原告の総勘定元帳の確認調査に入った。その結果、平成二年分及び平成三年分の大橋組の原告に対する外注費の支払金額と原告の大橋組に対する売上計上金額とに開差があり、大橋組の支払金額のほうが三か月分で一〇〇〇万円余り多いことが判明した。川村実査官は、右開差の事由の確認及び進行年分である平成四年分の原告の大橋組に対する売上げの計上方法ないし金額の確認が必要であると判断し、同日午前一〇時三〇分ころ、再度原告宅に電話をかけ、電話に出た光子に対し、今から原告宅に伺うので、原告に連絡を取ってほしいと要請し、光子から承諾を得た。

(五) 川村実査官及び則竹調査官は、同日午前一一時一五分ころ原告事務所に到着し、光子に対して身分証明所及び質問検査章を提示して、大橋組のことで調査しており、篠田税理士のところに行って来たこと、元帳を確認したところ原告の収入金額が少なかったことを説明し、これについて具体的に教えてほしいと述べた。

また、光子は、原告への連絡をしていなかったので、川村実査官は、原告に連絡をとるよう再度依頼した。光子が連絡をとったところ、同日午前一一時三〇分過ぎに原告から電話があった。川村実査官が、原告に対し、「大橋組との取引について、いろいろ聞きたいことがあり、原告事務所に伺っているので、事務所に戻っていただけないか。」と話すと、原告は、「分かりました。二、三〇分で戻ります。」と返答した。

(六) 川村実査官及び則竹調査官が、光子に対し、事務所にある帳票類を見せてほしいと依頼したところ、光子は、それらは篠田会計にあると述べた。反面調査の過程において、篠田会計で確認した総勘定元帳も必要になるため、川村実査官は、同日午前一一時三〇分ころ、大橋組において本件本調査を実施している井上主査と電話で打合せを行ったところ、篠田会計から帳簿類を持ってくるよう指示された。そこで、川村実査官は、光子に相談するとともに、篠田会計に電話をかけ、原告の帳簿類を持ってくるよう要請したが、篠田会計は、運搬する人手がないとの理由で拒否した。そこで、則竹調査官が、光子の了解を得た上で、再度篠田会計に赴き、帳簿類を預かって同日午後零時過ぎに原告事務所に戻った。

(七) 原告は、同日午後零時ころ事務所に戻ったので、川村実査官らは、身分証明書及び質問検査章を提示し、原告が計上している売上げが、大橋組が原告に対し支払っているものとして計上している外注費の額より少ない旨を説明し、その理由を尋ねた。原告は、川村実査官らの質問には答えず、「ちょっと待ってくれ。」と言ってビールを飲み、弁当を食べ始めた。川村実査官らは、原告の食事が終わるのを待って、再度右質問をしたが、原告は、「私は知らない、分からない、覚えていない。」とのらりくらりとした返事で、否定も肯定もせず、時間だけが経っていった。

(八) そこで、川村実査官が、原告に対し、売上げの計算の基となる資料の提示を求めたところ、原告らは日報等を作成していないと言うので、「それじゃあ、どのような形で売上げをつけているんですか。」と尋ねた。すると、光子が大学ノートに記載していると答えたため、右大学ノートの提示を求めた。しかし、光子が、「そのノートにはプライベートなことが書いてあるから、ちょっと困る。」と言うので、川村実査官は、他の帳票類で確認できるなら、まずそちらから確認しようと答え、「それじゃあ、他に代わるものはあるんですか。」と尋ねたが、光子は「他には何もありません。」と答えた。そのため川村実査官は、売上げを確認するためにやむなく右大学ノートを見せてくれるように光子を説得し、光子も渋々これに応じ、川村実査官に右大学ノートを手渡した。

(九) 川村実査官は、則竹調査官に右大学ノートの検討を依頼して、自らは原告に対する質問を続け、前記原告収入金額と大橋組の外注費の金額との開差について尋ねたが、原告は、売上金額の一部を申告に計上しなかった事実は認めたものの、その使途については、北海道の運転手に支払ったとか、女性関係に使ったとか、曖昧な受け答えに終始し、大橋組に対する外注費の戻しの事実は認めなかった。川村実査官は、原告の話が本人の言動からとても信用できなかったので、具体的に説明するよう求めた。

(一〇) 川村実査官は、同日午後一時四五分ころ、原告が売上除外という外形的事実については認めたことから、質問応答書を作成した。さらに川村実査官は、原告に対し、支払をしたという北海道の運転手の氏名を明らかにすること、領収証を提示すること等を求めて追及した。原告は、依然としてはっきりした話をせず、二本目のビールを飲むなど、川村実査官の質問に積極的に答えるという態度ではなかったが、調査の継続は容認していた。

(一一) 原告は、女性関係について、「妻も知っていることだから構わないよ。」とは言うものの、光子の前では答えにくそうな様子だったので、川村実査官は、原告の自動車に場所を移して、右女性関係について聴取しようと考え、原告とともに自動車に乗り込んだ。原告は、川村実査官に対し、光子の手前北海道の運転手にも支払ったと言ってしまったと述べ、北海道の運転手への支払が嘘であることを認め、女性の名前が丹羽千裕(以下「千裕」という。)であることや、電話番号、除外した売上金の使途、現在の関係等について説明した。それによると、千裕に使った売上除外金の使途は、〈1〉自動車を二〇〇万円か二五〇万円ほどで購入した、〈2〉家具を一〇〇万円ほどで購入した、〈3〉小遣いを月に四〇万円か五〇万円渡しているというものであった。

(一二) その後事務所内で原告から聴取していた川村実査官は、同日午後三時前に尿意を覚え、光子に「トイレを貸していただきたい。」と頼んだところ、光子から「うちにはトイレがない。」い言われ、原告も「うちはみんな外でしているから構わないよ。」と言った。自宅の隣の事務所であるし、まさか原告が嘘をつくとは思わなかったので、川村実査官は、「ちょっと失礼させていただきます。」と言って、事務所の外に出て裏手のほうに回り、用を足した。川村実査官から事務所にはトイレがない旨の話を聞いて、他の調査担当者の中にも外で用を足した者がいた。

(一三) 大橋組で調査を行っていた井上主査は、同日午後三時ころ、川村実査官に電話をして、大橋組の経理担当者の大橋靖子(以下「靖子」という。)が、原告から四七〇万円の現金が戻された事実があると認めていること、靖子があとの具体的なことは原告から聞いてほしい旨申し立てていることを伝えた。そして、電話口に出た原告に対し、靖子が、「もう、外注費の中で戻してもらった金額を、そちらの担当者に話してください。私の金額は分かっている。」と直接申し伝えた。

(一四) この電話の後、川村実査官は、原告に対し、大橋組に対する現金の戻しについて、真実を話すように説得を重ねたところ、原告は、その事実を認めた。しかし、その方法等については、「覚えていない、分からない、今思い出している。」「大きな金額の売上除外をしたときに、現金のバックをしたなぁ。」などと曖昧な回答を繰り返すので、具体的な説明をしないまま、午後五時近くになった。そのころ原告から川村実査官に対し、従業員が事務所に戻って来るので、事務所では女性の話や売上除外の話はしにくいと申し出があったため、川村実査官は、再び原告とともに原告の自動車内に移動して、聴取調査を続行した。

また、則竹調査官は、原告の事務所において、総勘定元帳及び前記大学ノートの記載内容を検討していたが、原告の外注費の支払のうち、丸裕商会に対するものに不審な点があることに気付いた。

(一五) 井上主査、猿渡実査官及び大矢特官は、大橋組での本件本調査を終了したが、長引いている本件反面調査が早く終わるよう応援するため、同日午後六時一五分から三〇分ころに、原告の事務所を訪れた。このとき原告も光子も事務所内におらず、則竹調査官が一人で待っていたため、井上主査は、則竹調査官に対し、原告の自動車の中で聴取調査を行っていた川村実査官と原告を呼んで来るよう命じ、玄関口で原告を待っていた。そして、戻ってきた原告に身分証明書を提示し、原告とともに事務所に上がった。車を置きに行ったため遅れて事務所に入った大矢特官は、間違えて土足のまま、一、二歩室内に入ったが、即座に猿渡実査官に注意され、一旦室外に出て、改めて靴を脱いで上がった。原告は、大矢特官に対し、「ここは土足で入るかどうかということを間違えられるで気にせんでください。」「うちはよく間違えられるんですわ。」と述べ、別に意に介するような様子はなかった。

(一六) 井上主査は、原告から大橋組への現金の戻しについて、未だ具体的な説明がなかったため、原告に対し、個々の不明な点を解明すべく、まず、売上除外した一〇〇〇万円の使途について、原告を追及した。原告は、千裕に使ったことを説明し、自ら千裕に電話して、井上主査に直に聞くよう申し出たので、井上主査は電話を代わり、原告が千裕に使った金額等の説明を受けた。その内容から、千裕に使われた金額は一〇〇〇万円を超えるものであることが分かり、その点では原告の申立てが裏付けられた。しかし、大橋組に対する戻しの金額四〇〇万円を考慮すると、今度は逆に一〇〇〇万円の売上除外だけでは支払資金が足りないこととなるので、一〇〇〇万円の売上除外の他にも不正計算のあることが想定された。

(一七) そこで、井上主査は、則竹調査官が帳簿から発見した原告の丸裕商会に対する外注費の不審点について調査するため、原告に対し、領収証等の原始記録の提示を求めた。これに対し原告は、「この辺にあるんだろうけれども、私では分からない。」と申し立てたので、井上主査が、「誰なら分かるの。」と尋ねると、光子がやっていると返答した。井上主査は、自宅にいた光子は呼ぶよう原告に依頼するとともに、猿渡実査官に対し、光子に電話連絡の上、呼んで来るよう指示した。

(一八) 原告は、事務所に来た光子に対し、申告に必要な証拠類、請求書等を出すよう指示し、光子は、奥の部屋に入り、書類の入ったかご一つを出してきた。しかし、そのかごには申告に必要な請求書、領収証等は一部しかなかったため、井上主査と猿渡実査官が、光子に対し、「一応その場所(かごが保管されていた場所)を確認させてください。まだ他に書類があるんじゃないですか。」と言ったところ、光子は、再び奥の部屋に入ろうとした。猿渡実査官は、原告の了解を得て光子の後について奥の部屋に入った。光子は、書類の入ったかご二つを重ねて持ち上げようとしたので、猿渡実査官は、「じゃ私が向こうへ持ちますわ。」と、光子に代わってかごを持ち上げて運んだ。

(一九) 井上主査は、そのかごの中にも丸裕商会の領収証等がなかったため、原告の了解を得て、光子がかごを取りに入ったコピー機のある部屋、その奥の布団や整理ダンスのある部屋、その奥の子供部屋を確認した。井上主査は、その際原告の許可を得た上で、光子に明かりをつけてもらうなどの協力を得ながら、光子と一緒に各部屋で申告に係る書類がないかどうかを確認した。一番奥の部屋については、光子が、「子供の部屋ですから。」と言い、井上主査が、そこに来た原告に、「ここも見せてください。」と頼むと、原告は、「ここは見たって何もないよ。」と答えたものの、さらに井上主査が、「とにかく目で見るだけで結構ですから。」と頼むと、これを了承した。また、洋服ダンスの扉は光子の許可を得て開けた。

(二〇) しかし、奥の部屋にも書類らしきものはなかったので、井上主査は、事務所の部屋に戻り、原告に「どうしてないのかね。」と話をすると、原告は「俺は、どこに置いてあるか分からない。」と答えた。井上主査が、「じゃ最近使っている書類のところへ、一緒に入っているんですかね。」という話から、「一遍事務所のほうも、服部さん見せていただいてもいいですかね。」と依頼すると、原告は「古いところを見ても奥を見てもないから、どこにあるか私は分からないし、見てもらってもいいですよ。」と言って了承した。そして、その場に大矢特官らもいたので、井上主査が、「時間の関係もありますから、手分けして見させてもらいますから、ひとつ頼みます。」と依頼すると、原告は、「いいですよ、どうぞどうぞ。」と言って、これも了承した。

井上主査らは、光子の机の左側のカウンターの上に乗っている小さなキャビネットから、使用中の市販のヒサゴ印の領収証の綴りを発見した。この綴りは、上一〇枚くらいは使用済みであったが、その下は未使用で発行用の部分の発行人欄に丸裕商会のゴム印が事前に打たれていて、あて名が服部建材になっており、その筆跡から、右領収証は光子が書いたものと認められた。この綴りは、丸裕商会が実在する外注先であるならば、本来丸裕商会が保管すべきものであり、原告の事務所にあるのは極めて不自然であるから、右綴りの存在が、原告と丸裕商会という名で架空の外注費を計上していることを示すものであることは明らかであった。

(二一) 原告は、右綴りについて説明を求められても、「分からん、分からん。」などと、不明瞭な回答しかなかったので、井上主査は、同日午後七時三〇分ころ、ゴム印の丸裕商会に電話をかけた。井上主査が、「出た相手が違うからおかしいじゃないの。」と追及したところ、原告は、初めて丸裕商会に対する支払を架空のものと認めた。原告は、その後大橋組への現金の戻しも認めたが、その年月日、金額等を具体的に聞く必要があり、井上主査らは調査を続行した。

(二二) 光子は、同日午後八時ころに再び事務所に来て、原告を外に呼び出し、その一、二分後に原告、光子のほか、子供二人が事務所に入ってきた。原告は、子供の自分の席に座らせ、井上主査に対し、いつもここで勉強させているので、ここで勉強させてほしいと申し立てた。井上主査は、自宅又は事務所の奥の子供部屋で勉強するようにしてもらえるよう要請したが、原告は、子供を事務所で勉強させたいとの主張を譲らず、子供二人を事務所内に座らせていた。

井上主査らは、調査を続行し、大橋組に対する戻し金の具体的な年月日、金額、方法等を確認した。

(二三) 川村実査官は、子供らが事務所に来てから、井上主査の指示でそれまでに確認した事項を質問応答書にまとめるための作業に取りかかり、同日午後八時三〇分ころにそれを書き終え、井上主査の確認を経て原告に読み聞かせ、署名、押印をしてもらい、契印については、原告から依頼されて川村実査官が押印した。

(二四) 井上主査らは、調査のために原告の帳簿書類を借用することにして、則竹調査官が中心となって、光子に確認を取りながら帳簿書類を借用し、その際、則竹調査官がその借用書を原告に交付した。そして、本件職員らは、同日午後九時一〇分ころ、質問てん末書の作成、書類借用の手続及び後片づけを終えて、原告の事務所を辞去した。

2  本件反面調査の適法性

(一) 法人税における調査対象法人に対する質問検査権の行使については、法人税法一五三条において、「国税庁の当該職員又は法人の納税地の所轄税務署若しくは所轄国税局の当該職員は、法人税に関する調査について必要があるときは、法人に質問し、又はその帳簿書類その他の物件を検査することができる。」と規定されているところ、質問検査権については、「国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するために収税官吏による実効性のある検査制度が欠くべからざるものであること」(最高裁大法廷昭和四七年一一月二二日判決・刑集二六巻九号五五四頁)として認められているところであり、また、質問検査権の規定の趣旨については、所得税法二三四条一項の規定に関して、「国税庁、国税局または税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、前記職権調査の一方法として、同条一項各号規定の者に対し質問し、またはその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行なう権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている」(最高裁第三小法廷昭和四八年七月一〇日決定・刑集三七巻七号一二〇五頁)と判示されており、さらに同決定によれば、事前通知や必要性の告知等は、法律上の一律の要件とされていないと解されるところ、質問検査権についての右趣旨は、法人税法における質問検査権の趣旨と何ら異なるものではない。

(二) 質問検査を受ける側については、質問に対する不答弁及び検査の拒否、妨害に対しては刑罰が科されることになっている(法人税法一六二条二号)から、直接の強制力はないが、質問・検査の相手方には、それが適法な質問・検査である限り、質問に答え検査を受忍する義務があるとされており、また、質問検査権の行使は常に相手方納税者の任意の承諾に依存し、質問検査権に応じるかどうかは相手方の選択に委ねられているわけではなく、正当な理由のない限り、税務職員による質問検査に応ずべき受忍義務があるのであり、質問検査に応じることが社会通念上無理とされるような特別の事情がない限り、積極的に質問に応答し検査に協力する義務があるとされており、質問検査権行使の相手方には受忍義務が負わされているのである。

(三) 反面調査については、同法一五四条において、「国税庁の当該職員又は法人の納税地の所轄税務署若しくは所轄国税局の当該職員は、法人税に関する調査において必要があるときは、法人に対し、金銭の支払若しくは物品の譲渡をする義務があると認められる者又は金銭の支払若しくは物品の譲渡を受ける権利があると認められる者に質問し、又はその事業に関する帳簿書類を検査することができる。」と規定されており、納税者に対する調査と反面調査には、実体法上、質問検査権の行使の程度・内容につき、具体的な差異は設けられていない。したがって、反面調査先に対する質問検査権の行使についても、範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているのであって、納税者に対する質問検査権の行使の場合との相違は、相手方の私的利益との衡量においてより慎重な配慮が求められること及び社会通念上相当な限度も若干の範囲の差があることにとどまるのである。

(四) よって、本件反面調査における本件職員らの質問検査権の行使及びそれに関連してなされた職務行為が違法となるためは、〈1〉合理的な選択の範囲からの逸脱、〈2〉合理的な選択の認められた目的からの逸脱、〈3〉恣意的で公平を欠いていること等の事情が立証されなければならない。

(五) 本件反面調査には、以下のとおり違法性はない。

(1) 本件反面調査は、原告における裏金捻出及び大橋組への現金戻しの具体的事実を把握する必要があって実施されたものである。その具体的内容は、前述のとおり、原告の主張するような井上主査が、原告の事務所に入ってくるなり原告に対し、「どうせ大したタマやないのに、ようけゼニ使いやがって。」と威圧するように怒鳴りつけて威嚇し侮辱した事実、井上主査が、子供部屋等に無断で立ち入り、引出しを開けたり布団をめくったりし、光子が抗議しても意に介さず、さらに事務室内の引出しやカウンター内の書類を勝手に全部放り出して散乱させたなどという事実、本件職員らが、原告の承諾なしに帳簿書類や本件と無関係の約束手形用紙等を持ち出し、しかもその扱いが乱暴で、どんな書類を持って行ったかも分からないという事実、井上主査らが、原告に対し一六〇〇万円の裏金を認めよと責め続け、事実と異なる記載をした質問てん末書に署名押印を強要した事実は存在しない。

(2) 本件反面調査は九時間余の長時間にわたって行われた。しかし、本件反面調査においては、大橋組の原告に対する外注費の支払に仮装して、現金を大橋組に戻しているという、税務上見過ごすことのできない重大な問題が起きているのであって、原告からの現金戻しを解明することが急務であった。本件本調査でその一部が判明したといっても、それは一部であって、その全貌を把握するためには、原告に対する反面調査が不可欠であった。原告と大橋組とが口裏を合わせ、現金戻しに関する供述を後日覆すおそれも想定され、可能な限り本件反面調査の当日にその事実及び証拠を把握する必要があったのである。これに対して原告は、税務上の不正に加担していることや、自らの売上げを除外し架空の外注費を計上することで適正な申告をしていないこともあって、川村実査官らの再三の協力要請にもかかわらず、その質問に対して曖昧な答えを繰り返していたが、反面、全く非協力的で拒否の態度を示していたのではない。川村実査官は、原告の気持ちを察し、原告の車の中で話をするなど、原告の話しやすい状況を作り出すよう努めたが、それにもかかわらず、原告は、飲酒するなど真摯に対応する態度がなく、そのために調査に相当の長時間を要する結果となったのである。また、後から合流した井上主査ら三名も、早期に本件反面調査を終わらせる目的であったのであり、その調査方法も、原告の了解を得て要領を得た調査を行っているのである。したがって、本件反面調査は長時間に及んでいるものの、実際の経過を念頭に置き、原告の利益(この場合一律の利益保護を考えるのではなく、原告側の対応の問題性も考慮要素となると解すべきである。)と反面調査の必要性とを併せ考えれば、このことをもって直ちに社会通念上相当な範囲を逸脱した質問検査権の行使というべきではない。

(3) 原告は高校受験を間近に控えた勝雅が家庭教師をつけて勉強しているすぐ脇の机で税務調査が続けられ、原告夫婦が何度も今日は帰ってくれるように申し出ても、本件職員らはこれを無視して調査を続行した旨主張する。しかし、勝雅には自宅に六畳の自室があり、家庭教師が来ない日はそこで勉強していること、原告らは、勝雅に家庭教師をつけて勉強させていることを、井上主査らに説明しなかったこと、井上主査が、事務所に一つしかないストーブを奥の子供部屋に持って行っても構わないから、そこで勉強させてほしい旨原告に申し出たにもかかわらず、原告は、事務所で勉強させることに固執したこと、さらに、原告らが勝雅を事務所に連れて来たときは、丸裕商会の領収書が見つかり、原告が架空の外注費を計上していたことを認め、大橋組への現金戻しがいつ、どれだけの金額あるのかという問題の核心について原告を追及していた状況にあったこと等からすると、原告らは真に子供を勉強させるために事務所に連れて来たとは到底考えられず、むしろ暗に調査をやりにくくするために子供を連れて来たものと考えるべきである。また、社会常識的に見ても、自宅又は事務所奥の子供部屋でも勉強させることは十分可能であって、あえて事務所内で勉強させる必然性はなかったのであり、そもそも子供の生活上の利益が影響を受けるというような実態はなかったのである。また、井上主査らは、原告から翌日試験があるから家庭教師に勉強を見てもらう旨の説明を聞いておらず、入室してきた二人のうち一人が家庭教師であることすら認識していなかった。したがって、当時の井上主査らの認識、立場を前提とすれば、井上主査らが他所で勉強してもらえるよう要請するなどして調査を続行したことが非難される理由はない上、井上主査は、子供二人の入室後、川村実査官に命じてこれまでの結果を調書にまとめるよう指示するなどし、この日の調査を早く終わらせるよう努力した。さらに、原告らは、本件職員らに対し、帰ってほしいと懇願したというような事実はなく、原告らにおいて調査を拒否する態度を明らかにしてはいなかった。以上の各点を考え併せれば、社会通念上相当な限度を超えた違法があるとは認められない。

(4) 大矢特官が土足で事務所に入ったことは事実だが、これについて、原告は意に介した様子はなく、また、川村実査官らが事務所の外で用を足したことについても、光子が事務所にはトイレはないと話し、原告も外で用を足して構わないと述べたためにそのようにしたのであるから、これらの行為を違法ということはできない。

(5) 原告は、光子が事務所の隣の部屋で領収証の綴りを取ろうとしたところ、猿渡実査官が、光子の胸と腕をつかむなどして押し退け、暴力的に取り上げたと主張するが、猿渡実査官は、光子が書類の入ったかご二つを重ねて持ち上げようとするのを見て、「私が持ちますわ。」と言って、光子の左側に並び、光子に代わってかごを持ち上げた際、図らずも光子と接触したのであって、猿渡実査官には重いものを持ってあげようという好意こそあれ、他意、悪意はなかったのであり、何ら責められるべきところはなく、猿渡実査官と隣の部屋から戻ってきたときの光子の様子にも何ら変化はなく、何も言わなかった。

(六) 以上のとおり、本件反面調査は、質問検査権の行使において、その濫用又は権利の範囲を逸脱して不当に原告の権利を侵害した事実はなく、社会通念上相当な限度にとどまるものであり、何ら違法なものではない。

四  争点

本件反面調査の際に、本件職員らに違法行為があったか。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一、二の1ないし3、三の1ないし、四の1、2、乙1ないし八、九の1ないし3、一〇の1ないし21、一一ないし一二、一四、証人服部光子、同井上眞幸、同川村俊明、同猿渡克哉、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  井上主査、川村実査官、猿渡実査官、大矢特官及び則竹調査官の五名は、大橋組に対する法人税等の調査を行っていたが、その過程において、大橋組の取引先である原告に対する外注費の計上額に疑問点が生じ、原告に対する反面調査の必要性を認めた。

2  本件本調査及び本件反面調査の指揮監督の立場にあった井上主査は、平成四年一二月一〇日に、川村実査官に対し、原告の申告状況及び概況等を把握するよう指示するとともに、猿渡実査官に対し、大橋組に関する反面調査を実施する旨を原告に連絡するよう指示した。猿渡実査官は、同日午後六時三〇分ころから同日午後八時ころまでの間に、計四回原告宅に電話をかけ、電話に出た光子及び利恵に対し、「国税局の資料調査課の猿渡」と名乗り、取引先のことで訪問する旨を伝えた。

3  川村実査官は、同月一一日午前九時ころ、原告宅に電話をかけた。原告は不在であったが、光子に対し、大橋組の反面調査で訪問すると伝えて帳簿等の所在を尋ね、関与税理士である篠田税理士に預けていることを知った。そこで、川村実査官は、光子から篠田会計で帳簿等を見ることの許可を得た。

4  川村実査官及び則竹調査官は、同日午前九時三〇分ころ、篠田会計に赴き、所長の篠田勉に対して身分証明書及び質問検査章を提示し、同人の了解を得て、原告の総勘定元帳の確認調査に入った。その結果、平成二年分及び平成三年分において、大橋組の原告に対する外注費の支払金額と原告の大橋組に対する売上計上金額とに開差があり、大橋組の支払金額のほうが三か月分で一〇〇〇万円余り多いことが判明した。川村実査官は、右開差の事由の確認及び平成四年分の原告の大橋組に対する売上げの計上方法ないし金額の確認が必要であると判断し、同日午前一〇時三〇分ころに再度原告宅に電話をかけ、電話に出た光子に対し、今から原告宅に行くので、原告に連絡を取ってほしいと依頼し、光子はこれを承諾した。

5  川村実査官及び則竹調査官は、同日午前一一時一五分ころ原告事務所に到着し、光子に対し身分証明書及び質問検査章を提示して、大橋組のことで調査しており、篠田税理士のところで元帳を確認したところ、原告の収入金額が少なかったことを話し、その説明を求めた。

また、光子は、原告への連絡をしていなかったので、川村実査官は、原告への連絡を再度依頼した。光子が連絡を取ったところ、同日午前一一時三〇分すぎに原告から電話があった。川村実査官が、原告に対して用件を告げて、事務所に戻るよう求めたところ、原告は、二、三〇分で戻る旨返答した。

6  川村実査官及び則竹調査官が、光子に対し、事務所にある帳票類を見せてほしいと依頼したところ、光子は、それらは篠田会計にあると述べた。反面調査の過程において、篠田会計で確認した総勘定元帳も必要になるため、川村実査官は、大橋組で本件本調査をしている井上主査と電話で打合せを行ったところ、篠田会計から帳簿類を持ってくるよう指示された。そこで、川村実査官は、光子に相談するとともに、篠田会計に電話をかけ、原告の帳簿類を持ってくるよう要請したが、運搬する人手がないとの理由で拒否されたため、則竹調査官が、光子の了解を得た上で、再度篠田会計に赴き、帳簿類を預かって同日午後零時過ぎに原告事務所に戻った。

7  川村実査官らは、同日午後零時ころに事務所に戻った原告に対し、身分証明書及び質問検査章を提示した上、原告の計上している売上げが、大橋組が原告に対し支払っている外注費として計上している金額より少ない旨を説明し、その理由を尋ねた。原告は、川村実査官らの質問には答えず、「ちょっと待ってくれ。」と言って、ビールを飲みながら弁当を食べ始めた。川村実査官らは、原告の食事が終わるのを待って、再度同じ質問をしたが、原告は、「私は知らない、分からない、覚えていない。」などと曖昧な返事を繰り返した。

8  そこで、川村実査官が、原告に対し、売上げの計算の基となる資料の提示を求めたところ、原告らは日報等を作成しておらず、大学ノートに記載しているとのことであったので、その提示を求めた。しかし、光子が、右大学ノートには私的なことが書いてあると言って拒否したため、川村実査官は、他の帳票類で確認できるなら、まずそちらから確認しようと考え、右大学ノートに代わるものの提示を求めた。しかし、それはないとの返答であったので、川村実査官は、やむなく右大学ノートを見せてくれるよう光子を説得し、光子も渋々これに応じて、川村実査官に右大学ノートを手渡した。

9  川村実査官は、則竹調査官に右大学ノートの検討を依頼し、自らは原告に対する質問を続け、前記原告収入金額と大橋組の外注費の金額との開差について尋ねたが、原告は売上金額の一部を申告に計上しなかった事実は認めたものの、その使途については、北海道の運転手に支払ったとか、女性関係に使ったとか、曖昧な受け答えに終始し、大橋組に対する現金戻しの事実を認めなかった。川村実査官は、原告の話が本人の言動からとても信用できなかったので、具体的な説明を求めた。

10  川村実査官は、同日午後一時四五分ころ、原告が売上除外という外形的事実については認めたことから、質問応答書を作成した。さらに川村実査官は、支払をしたという北海道の運転手の氏名を明らかにし、領収証を提示するよう求めて原告を追及したが、原告は、依然として明確な話をせず、ビールを飲むなど、川村実査官の質問に積極的に答えるという態度ではなかったが、調査の継続は容認していた。

11  原告は、女性関係については光子の前では答えにくそうな様子だったので、川村実査官は、原告の自動車内に場所を移して原告から聴取したところ、原告は、光子の手前北海道の運転手にも支払ったと言ってしまったと述べて、右運転手への支払が嘘であることをすぐに認め、女性の名前が丹羽千裕であることや、電話番号、除外した売上金の使途、現在の関係等について説明した。それによると、千裕に使った売上除外金の使途は、〈1〉自動車を二〇〇万円か二五〇万円ほどで購入した、〈2〉家具を一〇〇万円ほどで購入した、〈3〉小遣いを月に四〇万円か五〇万円渡しているというものであった。

12  その後事務所内で原告から聴取していた川村実査官は、同日午後三時前に尿意を覚え、光子に「トイレを貸していただきたい。」と頼んだところ、光子から「うちにはトイレがない。」と言われ、原告からも「うちはみんな外でしているから構わないよ。」と言われた。そのため川村実査官は、事務所にはトイレが全く設置されていないものと考え、事務所の外に出て裏手に回り、用を足した。その後、川村実査官から事務所にはトイレがない旨の話を聞いて、同様に外で用を足した他の調査担当者もいた。

なお、証人服部光子及び原告本人は、トイレを尋ねられ、事務所の裏にある旨を教えたにもかかわらず、本件職員らは事務所の東側の敷地内で用を足したと供述している。しかし、わざわざトイレの所在を尋ねて教えてもらいながら、あえてトイレ以外の場所で用を足すというのは不自然であり、原告及び光子が証人川村俊明の証言のようにトイレの所在を教えてなかったか、又はその説明が不十分であったためにトイレがないと本件職員らを誤信させたものと考えざるを得ない。

13  一方大橋組で調査を行っていた井上主査は、同日午後三時ころに川村実査官に電話をして、大橋組の経理担当者である靖子が原告から四七〇万円の現金が戻された事実があると認めていること、靖子があとの具体的なことは原告から聞いてほしい旨申し立てていることを伝えた。そして、途中で交替して電話口に出た原告に対し、靖子が、外注費の中で戻された金額を川村実査官らに話すよう申し伝えた。

14  この電話の後、川村実査官は、原告に対し、大橋組に対する現金の戻しについて、真実を話すように説得を重ねたところ、原告は、右現金戻しの事実を認めた。しかし、その方法等については、「覚えていない、分からない、今思い出している。」「大きな金額の売上除外をしたときに、現金のバックをしたなぁ。」などと、曖昧な回答を繰り返すのみで、具体的な説明をしないまま午後五時近くになった。そのころ原告から川村実査官に対し、従業員が事務所に戻って来るので、事務所では女性の話や売上除外の話はしにくいと申し出があったため、川村実査官は、再び原告とともに自動車内に移動して、聴取調査を続行した。

また、則竹調査官は、原告の事務所において、総勘定元帳及び前記大学ノートの記載内容を検討していたが、原告の外注費の支払のうち、丸裕商会に対するものに不審な点があることに気付いた。

15  井上主査は、猿渡実査官及び大矢特官は、大橋組での本件本調査を終了したが、長引いている本件反面調査を早く終わらせるよう応援するため、同日午後六時一五分から三〇分ころに、原告の事務所を訪れた。事務所内には則竹調査官しかいなかったため、井上主査は、則竹調査官に対し、原告の自動車内で聴取調査を行っていた川村実査官と原告とを呼んで来るよう命じ、玄関口で原告を待っていた。そして、戻って来た原告に身分証明書を提示し、原告とともに事務所に上がった。車を置きに行ったため遅れて事務所に入った大矢特官は、間違えて土足のまま一、二歩室内に入ったが、即座に猿渡実査官に注意され、一旦室外に出て、改めて靴を脱いで上がった。

なお、証人服部光子及び原告本人は、大矢特官が土足で事務所内に入ってきた際に抗議した旨供述している。しかし、証人服部光子は、井上主査ら三人が一緒に車を下りて入ってきて、井上主査だけが土足で入ろうとしたと証言し、大矢特官が土足で入ろうとした旨の証人川村俊明及び同井上眞幸の証言のみならず、原告本人の供述とも食い違っている上、証人川村俊明及び同井上眞幸の証言によれば、その時点では証人服部光子は事務所にいなかったことが認められるから、同証人の右証言は信用できない。また、証人川村俊明及び同井上眞幸は、大矢特官は一、二歩土足で入ったところ、猿渡実査官に注意されてすぐ靴を脱いで入り直し、原告も「うちはよく間違えられるですわ。」などと言って、特段意に介する様子はなかった旨証言しており、これに照らせば、原告本人の右供述はにわかには信用し難い。

16  井上主査は、原告から大橋組への戻しについて、未だ具体的な説明がなかったため、個々の不明な点を解明すべく、まず、売上除外した一〇〇〇万円の使途について、原告を追及した。原告は、千裕に使ったことを説明し、自ら千裕に電話をして、井上主査に直に聞くよう申し出たので、井上主査は電話を代わり、原告が千裕に使った金額等の説明を受けた。その内容から、千裕に使われた金額は一〇〇〇万円を超えるものであることが分かり、その点では原告の申立てが裏付けられた。しかし、大橋組に対する戻しの金額四〇〇万円を考慮すると、今度は逆に一〇〇〇万円の売上除外だけでは支払資金が不足することになるので、右一〇〇〇万円の売上除外の他にも不正計算のあることが予想された。

17  井上主査は、則竹調査官が帳簿から発見した原告の外注先である丸裕商会に対する支払の不審点について調査するため、原告に対し、領収証等の原始記録の提示を求めたが、原告は、光子が所在を知っている旨返答した。そこで、井上主査は、自宅にいた光子を呼ぶよう原告に依頼するとともに、猿渡実査官に対し、光子に電話連絡をした上で呼んで来るよう指示した。

18  原告は、事務所に来た光子に対し、申告に必要な証拠類、請求書等を出すよう指示し、光子は、奥の部屋に入り、書類の入ったかご一つを出してきた。しかし、そのかごには申告に必要な請求書、領収証等の一部しかなかったため、井上主査と猿渡実査官が、光子に対し、かごの保管場所を確認させるよう求めた。すると、光子は、再び奥の部屋に入ろうとしたため、猿渡実査官は、原告の了解を得て光子の後について奥の部屋に入った。光子は、書類の入ったかご二つを重ねて持ち上げようとしたので、光子の左側に立った猿渡実査官は、手を伸ばして光子に代わってかごを持ち上げ、事務所に運んだ。猿渡実査官は、かごを持ち上げようと手を伸ばした際、図らずも隣にいた光子の身体に触れてしまったが、猿渡実査官と事務所に戻ってきたときも光子の様子に何ら変化はなく、何も言わなかった。

なお、証人服部光子及び原告本人は、猿渡実査官は無断で光子の後について行き、光子から書類を取り上げようとした際に光子の乳房や腕に触れたため、光子は大きなショックを受けた旨供述している。しかし、証人服部光子は、触られたときの状況について、つかまれたり押されたりした旨供述したり、押されただけである旨供述したりし、またその部位についても、腕と胸と供述したり、右肩付近と胸と供述したりと変遷しており、その供述は信用性に乏しい。また、原告本人の供述内容は、光子の「やめて。」という声を聞いていながら、その場で抗議をした様子がないなど不自然であって、これも信用することができない。

19  井上主査は、そのかごの中にも丸裕商会の領収証等がなかったため、原告の了解を得て、光子がかごを取りに入ったコピー機のある部屋、その奥の布団や整理ダンスのある部屋、その奥の子供部屋を確認した。その際井上主査は、原告の許可を得た上で、光子に明かりをつけてもらうなどの協力を得ながら、光子と一緒に各部屋で申告に係る書類がないかどうかを確認した。一番奥の子供部屋についても、原告の了解を得てみせてもらい、洋服ダンスの扉は光子の許可を得て開けた。

なお、証人服部光子及び原告本人は、井上主査は原告らの了解を得ていない旨供述する。しかし、証人井上眞幸は、了解を得てから捜索した旨証言しており、これに照らせば原告本人らの供述は信用し難い。

20  しかし、奥の部屋にも書類らしきものはなかったので、井上主査は事務所の部屋に戻り、原告に対して、改めてその所在を尋ねた。しかし、分からないという返答だったため、井上主査は、原告の了解を得て、大矢特官らとともに、事務所の中を探した。すると、井上主査らは、光子の机の左側のカウンターの上に乗っている小さなキャビネットから、使用中の市販のヒサゴ印の領収証の綴りを発見した。この綴りは、上一〇枚くらいは使用済みであったが、その下は未使用で発行用の部分の発行人欄に丸裕商会のゴム印が事前に打たれていて、あて名が服部建材となっており、その筆跡から光子が書いたものと認められた。この綴りは、丸裕商会が実在する外注先であるならば、本来丸裕商会が保管すべきものであり、原告の事務所にあるのは極めて不自然であるから、右綴りの存在が原告が丸裕商会という名で架空の外注費を計上していることを示すものであることは明らかであった。

なお、証人服部光子及び原告本人は、井上主査らは原告らの承諾なく事務所の中を捜索し、引出し等に入っていた書類を全部勝手に放り出して散乱させ、約束手形が紛失した旨供述する。しかし、証人井上眞幸及び同川村俊明は、原告の承諾を得て捜索した旨明確に証言している上、検査すべき書類を散乱させるというのはかえって検査をしにくくすることになり不自然であるから、原告本人らの供述は信用し難い。

21  原告は、右綴りについて説明を求められて、「分からん、分からん。」などと、曖昧な回答しかしなかったので、井上主査は、同日午後七時三〇分ころに、右綴りに記載された丸裕商会に電話をかけてみた。しかし、電話には違う相手が出たため、原告をさらに追及したところ、原告は初めて丸裕商会に対する支払を架空のものと認めた。原告は、その後すぐに大橋組への現金の戻しも認めたが、その年月日、金額等を具体的に聞く必要があり、井上主査らは調査を続行した。

22  光子は、同日午後八時ころに再び事務所に来て、原告を外に呼び出し、その一、二分後に原告、光子、勝雅及びその家庭教師の加藤久倖が入ってきた。原告は、勝雅らを自分の席に座らせ、いつもここで勉強させているので、ここで勉強させてほしいと申し立てた。井上主査は、自宅又は事務所の奥の子供部屋で勉強させてほしいと要請したが、原告は主張を譲らず、勝雅らを事務所内に座らせていた。井上主査らは、その傍らで調査を続行し、大橋組に対する戻しの具体的な年月日、金額、方法等を確認した。

なお、証人服部光子及び原告本人は、このときを含め再三にわたって本件職員らに対し、調査の打ち切りを要請した旨それぞれ供述しているが、証人井上眞幸及び同川村俊明は、そのような要請はなかった旨明確に証言しており、これに照らせば、原告本人らの供述はにわかには信用し難い。

23  川村実査官は、勝雅らが事務所に来てから、井上主査の指示でそれまでに確認した事項を質問応答書にまとめるための作業に取りかかり、同日午後八時三〇分ころにそれを書き終え、井上主査の確認を経て原告に読み聞かせ、署名、押印をしてもらい、契印については、原告から依頼されて川村実査官が押印した。

なお、原告本人は、現金の戻しを認めていなかったが、本件反面調査が長時間に及んで、子供の勉強の邪魔になっており、署名をしないと帰らないなどと署名を強要されたことから、やむなく質問応答書に署名した旨供述している。しかし、原告の署名のある質問応答書二通(乙六)のうち、午後一時四五分の記載があるものは現金の戻しを否定する内容であり、午後三時の記載のあるものは、後半は現金の戻しを認める内容に転じているものの、前半はこれを否定する内容が記載されていることからすると、右質問応答書の記載内容は川村俊明が創作したものではなく、原告の説明に基づきその内容を記載したものであることが認められるのであるから、そのような質問応答書に署名を強要したとは考え難い。証人川村俊明も、原告が現金の戻しを認めたのでその内容を質問応答書に記載して署名してもらった旨証言していることを考え併せると、原告本人の右供述は信用し難い。

24  井上主査らは、調査のために原告の帳簿書類を借用することにして、則竹調査官が中心となって、光子に確認を取りながら帳簿書類を借用し、その際、則竹調査官がその借用書を原告に交付した。

なお、原告本人の陳述書(甲一)には、井上主査らは原告の承諾を得ないで、しかも本件とは無関係の手形用紙まで持ち帰った旨記載されている。しかし、証人川村俊明の証言によれば、光子に確認を取りながら借用証を作成・交付した上で、取引関係についての帳簿書類を借用したこと、その際原告らから借用を拒まれていないことが認められるのであり、これに照らせば右陳述書の記載内容は信用し難い。

25  本件職員らは、同日午後九時一〇分ころ、質問てん末書の作成、書類借用の手続及び後片づけを終えて、原告の事務所を引き上げた。

なお、証人服部光子及び原告本人は、本件職員らが原告の事務所を引き上げたのは、午後九時四〇分ころである旨それぞれ供述している。しかし、証人井上眞幸及び同川村俊明は、午後九時一〇分ころに本件反面調査を終了した旨それぞれ証言しているところ、右各証言は、事務所を出るときに井上主査が時計を確認していること、大垣税務署に戻ってから借用書類を片づけた後、大垣駅発午後一〇時二〇分の電車で帰宅しており、午後九時四〇分ころに事務所を後にしたのでは間に合わないこと等具体的な根拠に基づいており、十分に信用できるものであって、これに反する前掲原告らの供述は信用し難い。

26  原告は、同月一四日に大垣税務署を訪れ、永冶和昭副署長及び山口恵一郎総務課長に対し、本件反面調査について抗議し、税務調査の権限の範囲について問い質した。

二  ところで、本件反面調査は、国家公務員である名古屋国税局及び大垣税務署の調査権限のある本件職員らが職務として、原告に対する質問検査権を行使したものである。質問検査権に基づく税務調査は任意調査であり、本来調査の相手方の承諾を得て行われるべきものであるが、税務行政の円滑な運営を図り、適正公平な課税を実現するため、調査の相手方は正当な理由なくこれに応じなければ、法人税法一六二条二号により刑事処罰を受けるのであるから、間接強制を伴う任意調査といえるのであり、調査の相手方は調査の受忍義務を負うものというべきである。そして、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要性と被調査者の私的利益との衡量において、社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解するのが相当である。もっとも、反面調査の場合は、被調査者は納税義務者自身ではなく第三者であるから、納税義務者自身に対する質問検査に比して慎重な配慮が必要であり、このことは右利益衡量において考慮されなければならない。

そこで、前記第三の一において認定した事実に基づき、原告の主張する違法行為があったか否かについて検討する。

1  原告は、本件反面調査が、午後零時一五分ころから午後九時四〇分ころまで長時間にわたって行われ、しかも午後八時ころから勝雅が家庭教師を付けて勉強を始め、原告が調査の打ち切りを要請したにもかかわらず、これを無視して続けた違法がある旨主張している。

しかし、原告からの調査打ち切りの要請がなかったことは前示のとおりである上、本件反面調査が長時間に及んだのは、前記認定のとおり、原告から大橋組への現金の戻しという税法上見過ごすことのできない重大な疑いが生じ、これを解明する必要性が大きかったところ、原告は、質問に対して曖昧な返答を繰り返し、あるいは領収証等の所在を明らかにせず、なかなかこれを提示しないなど、調査に非協力的な態度をとっていたために長時間を要したものと認められるから、反面調査における質問検査であることを考慮しても、これをもって違法ということはできない。

2  原告は、大矢特官が土足で事務所に上がり込んだ違法がある旨主張する。しかし、前示のとおり、大矢特官は一、二歩入っただけですぐに猿渡実査官の注意により戻ったのであり、原告も特に意に介した様子は見られなかったのであるから、この点について違法性は認められない。

また、原告は、本件職員らが事務所の北側にあるトイレを使用せず、事務所の東側の敷地内で用を足した違法がある旨主張するが、前示のとおり、原告及び光子がトイレの場合を教えなかったか、又は説明が不十分だったことに起因しており、本件職員らが原告の事務所にはトイレが設置されていないと考えたことはやむを得ないというべきであるから、この点も違法ではないといわざるを得ない。

3  原告は、猿渡実査官が無断で光子の後についてコンピューターのある部屋に入り、光子から書類を取り上げようとして、光子の胸等に触った違法がある旨主張する。しかし、猿渡実査官が原告の了解を得て光子の後について行ったのは前示のとおりであり、また、光子の身体に触れたことについても、その状況からすると、猿渡実査官は光子の身体に触れることを意図したものではなく、光子に代わってかごを持ち上げようとした際に図らずも触れてしまったものと考えられ、その程度もその後の様子に特段の変化がなく、原告らもその場で抗議していないこと等からすると軽微なものであったと考えられるから、この点について違法性は認められない。

4  原告は井上主査らが原告に無断でコンピューター室や子供部屋に入って書類を探し、さらに事務所内の引出し等から書類を放り出して散乱させたため、約束手形等が紛失させた違法がある旨主張する。しかし、前示のとおり、井上主査らは原告の了解を得て各部屋において書類を捜索したことが認められ、また、書類を散乱させた事実は認められないから、この点についても違法とはいえない。

5  原告は、井上主査らは、無断で本件とは無関係の手形用紙まで持ち帰った違法がある旨主張する。しかし、前示のとおり、井上主査らは、光子に確認を取りながら取引関係の帳簿書類を持ち帰ったのであるから、この点についても違法性は認められない。

6  原告は、事実に反するにもかかわらず、現金の戻しを認めた内容の質問応答書に署名するよう原告に強要した違法がある旨主張する。しかし、前示のとおり、原告の説明どおり記載した質問応答書に任意に署名してもらったことが認められるのであるから、この点についても違法性は認められない。

7  原告は、井上主査が事務所を訪れた際、「大したタマやないのに、ようけゼニ使いやがって。」と大声で怒鳴り、原告を威嚇し侮辱した違法がある旨主張する。そして、証人服部光子及び原告本人も同様の供述をする他、井上主査、猿渡実査官及び大矢特官が本件反面調査の応援に加わった後の質問検査権の行使について、その違法事由をるる供述し、かつ、本件反面調査の三日後に原告が大垣税務署を訪れて抗議していることが指摘できる。加えて、本件税務調査の指揮監督の立場にある井上主査は、部下である川村実査官らによる本件反面調査が同日午後五時ころには終了する見込みを抱いていたにもかかわらず、原告の曖昧な応答態度等のため遅れていることに対し、苛立っていたことは容易に指摘できる。このような状況下で、井上主査において部下の川村実査官らに対する本件反面調査の指揮監督及び原告に対する質問が、強い口調でなされたであろうことも推察できるところである(井上主査の声が大きいことは証人川村俊明の証言及び当法廷における井上自身の証言態度から明らかである。)。

しかし、原告及び光子が子供を事務所で勉強させようとしたことに対し、本件反面調査を暗に妨害するものであると感得し、早く反面調査を終了させることを目指していた井上主査において、原告と無用のトラブルを惹起するおそれのある原告主張にかかるような暴言を吐いたものと考え難く、現に井上主査の発言を発端として原告がこれに異議を唱えるなどトラブルが生じた形跡もない。そうすると、具体的に右のような暴言を吐いたとは認められず、他に原告の人格を傷つけるほどの違法な言動があったと認めるに足りる証拠はないというほかない。

三  以上のとおり、本件職員らの質問検査権の行使が反面調査においてなされたことを考慮しても、本件職員らによる質問検査権の行使は社会通念上相当な限度にとどまるものと考えられるから、質問検査権の範囲・程度等を逸脱した違法行為は認められず、結局本件反面調査における本件職員らに違法な行為があったとする原告の主張は採用できない。

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日高千之 裁判官 黒岩已敏 裁判官 田克已)

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